私は天使なんかじゃない
分岐点
常に選択肢は無数にある。
だけどある一定を過ぎれば後戻りが出来なくなる。
見極めなければならない。
この分岐点を。
トロッグ襲撃から一夜明けて私はダウンタウンに向った。
ボスとしての帰還。
やっぱり奴隷達の私を見る目は変わった。
まあ、それは仕方ない。
支配階層としての帰還なわけだからやっぱり権力を行使する側の人物に反感があるのは仕方ない。
……。
……もっとも元々余所者なんですけどね、私。
異邦人。
だから最初から奴隷側の人物でもない。
この街に来てからの期間も短いし、過ごした時間が少ない以上私も彼らに対して親近感がないし相手もまた親近感がないのは仕方あるまい。
そもそも私の意志じゃないしね。
ピットにいるのはさ。
ここにいる理由は拉致です。
ワーナーめぇーっ!
ざわざわ。
街を視察する。
奴隷達はざわめくし、彼ら彼女らを監督する立場の面々もざわついている。
アップタウンのレイダーはダウンタウンにいるレイダーよりも格が上らしい。そして私はボス、立場の上ではかなり上という事になる。
いや、私はレイダーじゃないけどさ。
ただ私が従えているのはレイダーです。副官アカハナと部下9名を率いている。
シーはあの後に姿を消したから同行してない。
まあ、当然よね。
ともかく私がここに来たのはアッシャーの指示だ。
名目としては視察。
トロッグ騒動でアップタウンは混乱し、その混乱故に権勢は失墜した。アッシャーはそう見てる。私をここに向わせたのはそんなアッシャーの指示だ。
示威行動の意味合いだ。
奴隷にも顔が利く私を派遣する事で奴隷側の動揺を抑える効果を狙っての指示だ。実際には奴隷に顔は利きませんけどね、私。ただあくまで勝手
にアッシャーはそう思っているに過ぎないわけだけどさ。
それともう1つ。
今回の騒動にはミディアが一枚噛んでるとアッシャーは見てる。
調査の意味合いも兼ねてるってわけだ。
ミディアの家の前に到着。
「アカハナ」
「はい。何でしょう、ボス」
「ミディアの調査は私がするわ。アカハナ達はここで待機」
「大丈夫ですか?」
「問題ない」
ミディアはいなかった。
どうやら出掛けているらしい。
……。
……いやいや。どこに?
メガトンならともかくここはピット。レイダーと奴隷の街だ。そしてミディアは奴隷、ちょっと遊びに出てくる……という自由は与えられていない。
彼女はどこに行ける?
この街から出られない身分。
もっともスチールヤードか製鉄所にいるのかもしれないけどさ。
まあ、どうでもいい。
ミディアに質問したところでまともな答えが返ってくるとは思わない。
「反乱しましたか?」
「ええ。しちゃった☆ てへ☆」
という展開にはならない。
なら聞くだけ無駄だ。
いないのであれが逆に都合がいいかもしれない。
私が推察するところミディアは常にワーナーの指示で動いている。ジェリコが伝令の役目を担って2人を繋いでいる。
指示は口伝って事はないだろう。
指令は紙だと思う。
紙に記されてワーナーからミディアに、そしてミディアからワーナーに伝達されているのは確かだ。
ただ証拠にもなるから古いものは焼却されているだろう。
証拠隠滅。
だけど最近のものは、特に今回の騒動の発端となる指令の紙はまだ残っているかもしれない。
部屋の中を探す。
「あんまり期待はしてないけど、探すとするか」
探す事数分。
大したものはない。
やっぱりだ。
用意周到なミディアの性格上、証拠になるものを残すとは思ってなかったけど……やっぱりまるで残っていない。というか何もない。
本来あるであろうモノでさえだ。
ミディアは奴隷達の仕事を管理していたわけだけどその類の代物すらない。
つまり?
つまりこれは……。
「逃げた」
そう判断した方がいいだろう。
ミディアは逃げた。
この街の外には出られないだろうから……いやまあ、ワーナーは自在に出入りしてるみたいだけど……とりあえず外に出れないという憶測で
話を進めるとしよう。その憶測で行くとおそらくミディアは次の行動の為に身を潜めているのかもしれない。
次の行動、それはつまり蜂起。
ありえる話だ。
アップタウンの防衛ラインはトロッグ騒動でズタズタになったし、そして実は大した防衛力でないのが露見した。
反乱するなら今のタイミングだろう。
「あれ?」
テーブルの上に紙切れがある。
あうー。粗忽でした。
探すまでもなくテーブルの上にあったわけだ。ざっと目を通すけど内容は不穏そのものだ。
というか自白ですね、これ。
読んでみる。
『発電施設を停止させろ』
『そうすればアップタウンの照明は停止してトロッグの群れは全てを貪り食らうだろう』
『アッシャーとその家族は正当な報いを受けるってわけだ』
『W』
机の上にあったメモにはそう記されていた。
署名はW。
おそらくはワーナーだろう。
つまり。
つまりあの騒動はやはりワーナーの仕業だったってわけだ。手紙にはミディアがあの騒動の際に担当すべき行動が記されていた。
アッシャーの音声データと比べるとこの手紙は胡散臭さ全開だ。
「報告はしないとね」
どっち側でもないけど報告は今後の展開の為の布石になる。
ミディアは追い詰められてる。
反乱は時間の問題だ。
ただ、報告しようがしまいが反乱は叩き潰されるのは必至。よっぽど綿密に計画しないと反乱は失敗する。そしてその綿密さはミディアには
ないと思う。今までの経過を見る限りでは結構雑だし。
どうせ失敗するなら被害は少ない方がいい。
だから報告するとしよう。
別に密告が好きというわけではないです。そして密告の代償で立身出世しようとかいう意思もないです。
……。
……というか私はそんな為にここに来たんじゃなーいっ!
拉致られただけです。
帰りたいなぁ。
おおぅ。
「この紙は押収ね、押収」
証拠になる。
まあ、提出すればミディアも完全に反逆者として認定されちゃうわけだ。だけど被害を最小限に抑える為。仕方ない犠牲だ。
仕方ないで済ませるなと言われれば私はこう言うだろう。
計画成就の為に仕方なく私を拉致したのは誰だかな、ってね。そもそも私を巻き込んだのは運の尽きってやつだ。
さて。
「帰るか、それとも……」
スマイリーのところに寄ろうかな。
とりあえず私は外に出る。
「ボス、どうでした?」
アカハナが声を掛けて来た。
「ミディアはいなかったわ」
「追跡しますか?」
「問題ないわ。ミディアの……いえ、ワーナーの狙いはこの街にある。必ず近い内に表舞台に出てくるわ。そこを叩き潰せばいい。でしょ?」
「確かに」
事ここに至ると私もどちら側に付くかをはっきりさせないといけない。
そして今、私はアッシャー側にいるのは確かだ。
それでいい?
まあ、最終的な決断はまだ先でもいいけど……暫定的にアッシャー側だという事を表明しておこう。
「行くわよ」
「了解です、ボス。……行くぞ」
『おうっ!』
レイダー達を引き連れて私は街を視察する。
奴隷達の反応。
畏敬。
反感。
敵意。
基本的にあまり気持ちの良い感情は感じられない。まあ、私は体制側だしね、一応は。
仕方ないといえば仕方ない。
だけど気になるなぁ。
「ボス、昼食はどうされますか?」
「昼食? そうねぇ」
立ち止まり私は控え目に距離を保って後ろに従うアカハナに振り返る。
その時、何かが飛来するのが眼に飛び込んだ
「……っ!」
私は咄嗟に身を捻ってその場に転がった。
瞬間、さっきまで立っていた場所に銃弾が突き刺さる。
どこからだっ!
射角から見て……あのビル、あの廃ビルだ。
狙撃ってわけだ。
……。
……にしても危なかった。たまたま視界に入らなければ私は狙撃されてた。視界に入る弾丸は全てスローになる、私の特殊能力だ。もちろん実際
スローになってるわけではなく私は視界と脳がそう認識するだけなんだけどさ。そしてその間の私の行動は傍から見ると倍速らしい。
私ってば人間?
少し自信ないです。
まあ、グリン・フィスも大概人間規格外な奴だし問題ないでしょ。多分。
近くに同じような奴がいると落ち着きますね、うん。
さて。
「ボス、大丈夫ですかっ!」
「ちっ!」
駆け寄るアカハナ達を無視して私はインフィルトレイターを構える。倍率スコープ装着のこの銃なら狙撃者が見える。
スコープを通して眼に飛び込んだのは……。
「……あいつかー」
デリンジャーのジョン。
奴だった。
奴がここに来た理由は私の暗殺でありワーナー側の組織とは関係なさそうだけど……厄介な奴が街にいるもんだ。というか『デリンジャーのジョン』と
いう異名に騙された。思い込みが危うく死に直結するところだった。
そういう通り名だから他の武器は使わないと思い込んでた。
危ない危ない。
デリンジャー、スナイパーライフルから空の薬莢を排出して次の一撃を私に叩き込もうとしている。
させるかっ!
インフィルトレイターを私は撃つ。
これだけ離れてる距離だから正確性には欠けるけど相手の動きを封じるのには充分だ。
それにスナイパーライフルよりも正確性には欠けるけど、こちらは大量の弾丸を吐き出す。廃ビルの屋上を大量の弾丸が襲う。
ジョンには当たらなかったみたいだけど奴は数歩下がったらしく姿が見えなくなる。
逃げたか。
「あっ」
再びスコープ内に奴が入る。こちらの弾装は空なのを知っているのだろう。撃たれる心配がないからかにこやかにジョンは微笑した。
私は中指を立ててやる。
そして。
そして今度こそデリンジャーのジョンは姿を消した。
これも引き分けにカウントして良いのかな?
厄介なのが敵に回ってるなぁ。
ワーナーともアッシャーとも関係ないっていうのも面倒だ。行動が読めない。
「ボス、俺らで追撃しますっ!」
「必要ないわ」
「しかし……」
「アカハナ、必要ない」
「ボスがそう言われるのであれば……」
アカハナ達を制する。
おそらく追っても無駄だろう。それに返り討ちに合う可能性の方が高い。
無駄に死体の山を築く事はあるまい。
「それよりも混乱を鎮めて。その間、私はちょっと寄りたいところがあるわ」
「寄りたいところ?」
「ええ」
「しかしお1人で大丈夫ですか?」
「問題ないわ」
「了解しました、ボス。……よし、お前ら、ボスの命令通りダウンタウンの街の動揺を鎮めるぞっ!」
『おうっ!』
アカハナ達は行動を開始する。
その間に私はスチールヤードに行こうと思う。ワーナーが潜むのであればそこしかあるまい。そして最近スチールヤードに現れた妙な連中。
ワイルドマンと呼ばれる旧時代の狂人ではなくきっとワーナーの手下どもだろう。
もちろん突撃はしません。ただ情報収集しに行こうとは思ってる。
スチールヤード在住の彼なら何か知ってるはず。
スマイリーならきっとね。
その頃。
ダウンタウンの製鉄所。資材置き場の片隅。
「計画が露見したわ。たまたま所用で私自身は居なかったからよかったけど……アッシャーに計画が漏れたわっ! あの女が裏切ったのよっ!」
「仕方ないだろうよ。奴は元々あんたの動きをアッシャーから逸らす為だけの存在だ。裏切りも計画の範疇の内だと旦那が言ってたよ」
「だけど……っ!」
そこにいたのはミディアとジェリコ。
この場にいるのは2人だけだ。
憤るミディアとは対照的にジェリコは冷静そのもの。それはそうだろう、あくまでジェリコは傭兵であり雇われただけ。
感情的に同調出来ないのは仕方ない。
それに雇い主の側の思想に共感する必要はどこにもないのだから。
ジェリコは言う。
「準備は出来てるのかと、旦那は心配していたよ。どうなんだ?」
「準備は出来てるけど銃火器がないわ」
「問題ないぜ」
「どういう事?」
「アッシャーの軍の一部を旦那は掌握している。奴隷達が蜂起すれば連中も動く。早期に行動に移せと旦那の指示だ」
「それは無理よ。まだ同胞達の士気が低いから……」
「予定を繰り上げるべきだと旦那は言ってる」
「だけど……」
「ボルトの小娘にあんたの行動はばれてるんだぜ? ダウンタウンの悲願をあんたは潰すのか? ええ?」
「……分かったわ。だけど本当なのよね、軍の掌握は?」
「当然だ。旦那を信じな」
「すぐに蜂起の準備をするわ。だけど2日は掛かる。蜂起は、それからよ」
「了解だ。旦那に伝えるぜ」